鉄子の写真は膨大にあって
自分で撮ったのに改めて見ると
新鮮な鉄子、おかしな鉄子、可愛い鉄子とか
覚えてないいっぱいの鉄子がいました。
そしてまた「私ってこんな可愛い子と暮らしていたのか」とか
(今更の親ばかすみません)
「この鉄子が私の子どもだったのか」とか
またしても不思議な感覚になります。
もう悲しくないと言ったら嘘になります。
思い出したとき涙が出ないといったら、それも違う。
悲しみの色合いが変わってきたと言うか・・・
鉄子のものがまだたくさん存在する部屋ですが
鉄子を思う気持ちにかなりの変化を感じています。
忘れると言うのではなく
感じないと言うのでもなく
私の思う鉄子の生きていた姿の証が変わっていく。
説明が出来ない感じです。
ただ、日々、いつも鉄子のことを考え
思い出しているのは確かなことなのに・・・
鉄子があまりにも急にいなくなったせいかもしれません。
最期の日々にやるだけやって思い残すことや
後悔が無いからでしょうか。
鉄子が綺麗な思い出のままいなくなってしまったからでしょうか。
あの大変だった辛い日々が薄ぼんやりとしてきて
元気だった日々の明るい鉄子しか思い出せなくなってきました。
でも、これは私と鉄子にとってはよいことなのかもしれない。
そして同時に「鉄子と暮らしたのは夢の中だったのでは」
と言う不思議な気持ちが生まれました。
私が夢の中に住めばそこに鉄子がいたりして?
お散歩道で待ってるかもしれないとか。
夢から醒めた現実には鉄子はいなくて
夢の中に置いてきたのかもしれないなどと
妄想の世界に迷い込み始めてるのかもしれません。
文章では説明できないです。
父が鉄子を迎えたときの写真。
当時のカメラが酷かったので、いい写真が無いのが残念ですが
可愛かったです。
鉄子がいなくなって
ブログも何書いたらいいのかとか
思っちゃうんです・・・
ま、
結局書いてますが。
鉄子の最初の飼い主であった父のことや
鉄子が私たち夫婦の子供になり
東京から佐賀に移って暮らした日々のことでも
書いてみたら
この不思議な感覚が変わってくるかなって
思っています。
書き終わった頃にやっと
心の中で鉄子は、私の大事な本当の鉄子になって
このブログも区切りをつけられるかな・・・などと
とりとめの無いことを考えています。
そして鉄子のことはもちろん忘れないけど
自分のこと(体のこと気力のことなど)もちゃんとしないといけないよね、って
やっと思えてきたこの頃。
ま、何も行動に移せてないけど
気持ちだけは前向きに。と思っています。
以上、数日前にも書いた不思議な感覚のことを
またしつこく書く私の独り言でした。
そして、ままりさんは12日に入院して手術されるそうです。
手術が無事に終わり、早く元気になられますように!
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