ありがとうございました!

こんばんは。
愛子です。

昨日まで、鉄子闘病記で暗くてごめんなさい。

しかし、みなさん、
優しいコメントをありがとうございました。

悲しい記事だったので
ほんとに申し訳ないです。
クリスマスまでに終わらせたいと
思っていました。

なんとか間に合いました。

今日は書くだけ書いた私は
気持ちがとても軽くなりました。

これでまた、前を向いて歩けそうです。

明日はクリスマスイブですね。

今年は鉄子がいないので
例年やってきたカレンダー抽選会を
しませんでしたので
ちょっと気が抜けております。

今日はほんとに
ぼけっとしまくりです。

鉄子のクリスマス画像を作りながら
鉄子が出す最後の年賀状を印刷してました。

去年カレンダーをお送りした方に
お送りしますね。
どうか、鉄子の最後のお手紙
もらってやってくださいね。

喪中の方にはカードでお送りしようと思ってます。

あ!鉄子の声が聞こえませんか?

—————————————–

「おかーさーん!鉄子、雪だるま作ったよー

もうお部屋に入るからねー!

クリスマスの用意しないといけないんだよ!」

549

わーーきれい。

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わわわわーーーー

鉄子が入っちゃった。

これもツリーに飾っちゃおう!

550

あったかいココア飲んで

お部屋の飾りつけしようっと。

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ふふふふ。

だんろに火を入れて。

壁には靴下!

loonapix_14508627282654579552

クリスマスのお部屋、できたよーー

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おかあさん!

鉄子とクリスマス会!なんだよ!

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Posted in 鉄子の思い出 | 26 Comments

永遠の鉄子になった日

鉄子のガン闘病記、最終 11

「鉄子、永遠に」

2015.09.14(月)

この日も鉄子はいつもどおりに元気に目覚め
「ワンワン、お散歩」と言いました。
主人が抱っこでお散歩に行き、
また「よいウンチ、おしっこが出た」と言って帰ってきました。

朝見た様子では
昨日よりも
お口がかなり顎が下がっていて
食べにくそうになっているなと思った。
9月になってから症状の悪化は日に日に
ひどくなっていました。
でも、鉄子は強くて
痛がることも無く、その変化に対応していました。
物理的に食べることが不可能になるという
症状に限りなく近い状態で。

朝は
さつま芋煮を砂糖水で溶かしてどろっとさせたものを
一生懸命なめて食べました。

そして隣の和室はずっとあの布団を敷き詰めた状態にしていたので
そちらに行って鉄子は眠りました。

朝は呼吸も楽そうにしていました。

が、お昼頃、起きてきた鉄子はまたケホケホが始まってました。
またなでてやりました。
その都度なでてあげると鉄子はケホケホもとまって
楽になってました。

しかしその後、散歩に行くというので
主人が抱っこで連れて行くとすぐに帰ってきました。
「ちょっとハーハーが激しい」と。

そのまま鉄子のベッドに降ろすと
鉄子は座ったまましばらく、はーはーと
一度ステロイドの副作用で出たような呼吸をしていました。
私はそのとき、肺にガンが転移したのかもしれないと
思いました。
でもそうだったとしても
もう治療はしないと決めていたのですから
苦しくないようにしてあげることしかできないのだと
わかっていました。

でも、鉄子はそのハーハーが収まると
またお散歩に行きたがるのです。
お堀で倒れてから
ドライブに行くのをやめ
主人の抱っこで近所を巡るというお散歩に変えましたが
鉄子はそれを楽しみにしている様子でした。

主人は鉄子が望むたびに昼でも夜でも
そっと抱っこしてでかけてやるので
鉄子は可愛いわがままで
何度も「お散歩行こ!」と主人を誘っていました。

そのうち主人が
「ハーハーするな、抱っこのお散歩もあまり行かないほうがいいかな」と言っていて
私は
「カートがあったらよかったな、
今からどこかお店に買いに行ったほうが
鉄子が行きたいお散歩に座ったまま連れてってあげるのにな・・・
人間の赤ちゃん用のでもいいかも、、
もしこれから鉄子が寝たきりとかになったときも
カートは必要だな・・・」などとまだ
そんな悠長なことを考えていました。

しかし鉄子のハーハーはそのうち収まって
「何か食べる」と言ってくるくらい元気になったのです。

そのとき、宅急便が来て
それはフェイト母が鉄子のためのものを送ってくれたのですが
それを開けて鉄子も中身をくんくんして
一緒に検品しておりました。

この日、おじいちゃんの用事で主人は1時に車を出すことになっていたのですが
この日のお昼になってじいちゃんから「今日は行かんでよか」と
中止の電話が入りました。
このとき、予定通りに主人が出かけていたら
鉄子の最期を主人は看取れなかったのでした。

その後、主人に鉄子を見ててもらって
私は鉄子が一番食べる確率の高い焼きうどんにしよう、
うどんだうどんだ!と思って
食べやすいように柔らかく作りました。

鉄子は焼きうどんを
小さく切ったものをたくさん食べてくれました。
その後も何か欲しがって膝に手をかけるので
クッキーかな?饅頭かな?と思って
ムーンライトクッキーを砕いてあげると
それも半分食べて、
美味しくて満足したときにする
お手手でお顔を綺麗にする作業をいつものようにしておりました。

その後、鉄子はまたおとうさんのお布団でいつものように
お昼寝をしたのですが
一時間過ぎたころ
起きてきて、
私に寄って来るので
私が「どうしたのかな?」というと
「なでてね」というので
またずっとなでてあげていました。

548
この写真が鉄子の生きてた時の最期の写真です。
右の顎がわからないように左からの写真。
数日前から、具合が悪いのでもうほとんど写真を撮ってなかったのです。
写真詳細を見ると、9月14日13時5分撮影時間になっています。

このとき、しばらくなでてあげて
お口の周りを拭いて上げて
呼吸は楽で
主人が何してるか見てるときです。
いつもしていた行動でした。

この後、「おとうさん、お仕事だな」ってわかって
また私のほうに向いて
「お首なでてー」とお顔を手に当ててきたので
しばらくなでたのを覚えています。

その後、鉄子はまた主人のほうを見て
ルンルンと言う感じで寄って行って
「おとうさん、鉄子、お散歩行きたい」と訴えたので
主人が行こうとして「じゃ行こうか」と頭を撫でて
お口の周りを拭いてやりました。
そのとき
鉄子は急にふらふらふらと足元がおぼつかなくなり
すぐ側の床に座っていた私の膝の中によろけて
ペタンと崩れるように座って頭を私の体につけ、
私はその様子に動揺して
「鉄!どうしたの!」と言ったように思います。

体を手で支えてやったのですが
鉄子は一瞬のうちに立ち上がって
そのまま、ふらふらしながら立ち尽くし
倒れそうになったので
主人と頭を打たないように手を添えてやると
その手に体を預けるようにして
私が下にあわてて置いたキルティングの上に
鉄子はそのままゆっくりとスローモーションのように
横に倒れました。

それは、とてつもなく長い時間に感じたけど
あとで時計の秒針を見ながら思うと
主人のところでおかしくなって
私のほうへ来て1秒、
立ち上がって1秒
ふらふらとして1秒
3秒で起きたことでした。

そして、そのまま意識を失った鉄子は
目を開いたまま、
大きい息を何度かしながら
少しずつ息が弱くなっていきました。

私は鉄子が倒れたとき、その様子は今までとは違うとわかったので
もう鉄子は蘇生することは無いと思い
「うわー」と号泣してしまい、
動揺で鉄子をなでてあげるしか出来ませんでした。
「だいじょうぶだよー」といつものように言いながら。

主人に「鉄は苦しくないよね?もうこれは意識が無いよね?
さぶろーの最期のときと同じだよね?」と聞きました。

主人は「もう苦しくないよ。」と言いました。
そして主人は
仏壇へ走って私の父さぶろーの写真を持ってきて
鉄子の目の前に置いてやりました。

鉄子の目はもう何も見えていなかったでしょうが
見開いたままで優しい目をしていました。
それはそれは綺麗な目でした。

そのときの鉄子の四肢は
公園の草原を駆けているように動いていて
顔は笑ってるようにしていて
主人が「ああ、さぶろーじいちゃんが迎えに来たんだよ。
鉄は走って行ってるんだ」と
言いました。
その動きは
亡くなるときに起こる現象かもしれないけれど
それを聞いて私は更に号泣しました。

そして鉄子の息が止まってしまった後も
鉄子の心臓は規則正しくしばらく動いていました。
それが止まるまで
主人と泣きながら
ずっとずっと撫でていました。

主人は「鉄、おとうさんもおかあさんも側にいるよ。
よくがんばったね。えらかったね。
ありがとうね、楽しかったね、またいつか会おうな」

いっぱい鉄子の耳元で話しかけてやっていました。

私もいっぱい言ってあげたけど
なんていったか
もう頭がおかしくなってて
泣き喚いていたので
どうしても思い出せません。

そしてすべてが終わったのは
きっとですが
1時40分くらいだったと思います。
動揺で時計も見てなかったし
メモも取ってないし。

主人が
「よかった。
鉄は苦しまないで
こんな安らかな逝き方をできた。
ほんとによかったよ。」と言いました。

鉄子はおとうさんとお散歩に行くつもりで
大好きなおとうさんに甘えてる途中で
そのときふわーっと意識が無くなって
そのまま亡くなりました。
またいつものように
ふっと蘇生して
きっと再びお散歩に行くつもりだったんだよね。
最期まで生きる為に食べて
行きたい場所もあったんだよね。
ほんとに強い鉄子だったね。

だけど、私は鉄子は倒れて
しばらく寝たきりになって
下の世話をして
ご飯もシリンジで上げてという
介護の時を経てから亡くなると
おぼろげながら思っていたので
さっきまでご飯も食べて
お散歩に行こうという鉄子が
亡くなってしまうとは思ってもみませんでした。

鉄子は安らかな顔で、
可愛い丸い目を開けたまま
私が敷いたキルティングの上に
横たわっていました。

まるで遊びつかれて、
「にゃはーー
鉄子疲れちゃったよ!」って
横になって笑っているかのようでした。

主人とそっと鉄子のベッドに寝かせてやりました。

その後はよく覚えていません。

ただただ可愛い顔で寝ているので
「このまま剥製にしたい」と言って
主人を困らせました。
そんなことをしたら鉄子の魂が安らかにならないとわかっていながら
この姿を無くしてしまうのが嫌でした。

夕方まで何もしないで
鉄子の側にいました。

547
(鉄子の為に買ったキルティングと大好きだったフワフワ毛布)

日が暮れる前に鉄子が毎日通った公園に連れて行ってやりました。

535

うさぎさん、ありがとう。

536

鳩さん、ありがとう。

537

猫ちゃん、ありがとう。

539

多布施川。

541

ここで泳げるようになったね。

542

夕陽が沈む前の風景を鉄子に。

540

鉄子はいつものように
まん丸お目目で「きれいだね」と見てるようでした。

 

夜になり、明日の火葬の準備を済ませ
私は鉄子を抱えて
朝まで撫でていました。

お寺さんから言われたように
保冷剤でお腹を冷やしてたけど
かわいそうで取りました。

保冷剤で濡れた鉄子の毛の匂いがしてきて
それはシャンプーの後の鉄子の匂いでした。

朝方、少しうつらうつらしたとき
「ワンワン、お散歩」って鉄子が呼んだ気がして
飛び起きたけど
そこには鉄子が静かに眠ってるだけでした。

もう2度と書くことはないと思うので書きますが
そのときは誰にも言わなかったけど
鉄子と一緒の場所に行きたい、
そうするにはどうしたらいいかを
ずっと考えていました。
回りのことが考えられず
何のために生きるのかわからなくなってしまったのでした。
一時の感情でしたが
周囲が心配してくれてるので誰にも言えず
大丈夫だと言い続けて
がんばって言い続けて行くうちにほんとうに大丈夫になりました。

翌日9月15日、鉄子を荼毘に付すために

山奥のお寺へ。

その車の中で膝の上の鉄子を撮りました。

まるで横になったまま

流れる外の景色を眺めてるようで

鉄子の瞳に緑の木々と青い空が映っていました。

545

最期のお別れのとき。

主人は「鉄、ありがとう。佐賀に一緒に来てくれてありがとう。
これからもずっと一緒だよ」と言っておりました。

544

鉄子、ありがとうね。

鉄子がいたから、毎日楽しかったよ。

鉄子は虹の橋にも天国にもどこにも行かないで

おかあさんの心の中にずっといてね。

永遠に一緒だよね。

鉄子、やっと鉄子の最後の日を書けたよ。

どんなに強くて、がんばった鉄子かを書きたかった。

応援してくれたみなさんに見てもらいたかった。

がんばったね鉄子。

ありがとう、鉄子。

546
この写真は犬写真家のTAKAさんに撮影していただいた2014.11.11日の私と鉄子です。
これは私の遺影にもするつもりです。

鉄子は、私の心の中でゆっくりと休んでいます。
目を閉じて横になって
フワフワ毛布の上で。

そして時々、私が呼べば
なーに?おかあさん!って
笑顔で出てきてくれる。

これからもずっと、いつでも一緒なのです。
どこにいても。
私にとって永遠の鉄子になったのです。

鉄子はどこに行ったかと
ずっと悩み続けて
やっとたどり着いた今の私の気持ちです。
ここまできてやっと気持ちが
安らかになりました。

皆様にはご心配をおかけして
ほんとにすみません。
いっぱい励ましてくださってありがとうございました。

———————————————–

(みなさん、鉄子のこと読んでくださって
ありがとうございました。
闘病記はこれで終わりです。
暗いことを書いてみなさんのお気持ちまで引きずることを
申し訳ないと思いながら
やはり真実悲しい日だったのでそのまま思い出して書きました。
なのでどうかコメントなど気になさらないでください。
やっやっと
少し区切りがついた気がします。
みなさん、辛いのに暗い日記を
鉄子の為に読んでくださったと思います。
ありがとうございました。 
愛子)

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鉄子との思い出の夜

鉄子のガン闘病記 10

「鉄子、倒れてから最期の夜まで」

9月11日は晴天でした。

午前中はぐっすり寝ていた鉄子でしたが
午後になると「お散歩に行く」の催促があり
お城の堀の遊歩道に行きました。

そのとき、かなりお口の状態が悪化していました。
もう食べるのが大変なんだなと
見てわかる程度まで急激に
変化していました。

しかし、鉄子は
そんなことなんとも思ってないように
自分なりにいろいろがんばって食べて
私たちにしたいことの意思表示をしていました。

その日も
お堀の鯉と鴨に上げるお菓子をせがんで
主人に食べさせてもらい
うれしそうにしてました。

95

おとうさんと楽しそうにしてました。

96

3人で一緒にゆっくり歩いたり抱っこしたりして
県立図書館のほうへ。

少しして「本を返してくるね、
待っててね」と主人が私にリードを渡し
少し先を歩きはじめました。

鉄子はそれを追いかけようとしたのですが
右側によろよろっと傾いて
そのまま植え込みのほうへ倒れこみました。

私は「鉄子が!!大変!」と叫んで
主人は走って戻ってきた。
鉄子はキャンと言って
目がうつろのまま横たわっていました。
二人で「だいじょうふだよ」ってなでてやりました。
その様子は、このまま逝ってしまうのかと思いました。
それならそうで、鉄子は苦しまないでいいのかもしれない、と
私はそのとき思いました。
「もう駄目なのかも」と私が言うと
主人が「まだ大丈夫だ」と言いました。
しかし、主人が鉄子の足の裏を触ったとたん
鉄子は、ぱっと立ち上がって
「おとうさん!帰ってきたの」というようにうれしそうにしました。
私はさっき、もう駄目かもと思ったので
うれしくて涙がぼろぼろ出ました。

「よかったねーよかったねー」と言いながら
鉄子の頭を撫でてやりました。

これが倒れた2回目でした。

そして少しボーっとしてる鉄子を抱いて
私たちは急いで家に帰りました。

家に帰るとき、車でうれしくて騒いでいた鉄子でしたが
だんだん元気なくなって
家に帰ったときはぼんやり、しょんぼりって感じ。
そして少しケホケホしていました。
でも私が喉をなでてあげると止まるので
つきっきりで撫でてやりました。

暫くしたら「何か食べる」と私の膝に手をかけるので
台所に行くとついてきて
ジャガイモと鶏肉煮た物、ウグイス豆を食べました。
味噌汁も食べてくれました。

この日から食べるのが優先だと思い薬を一切やめました。
薬を混ぜたことで食べるのをやめたら栄養が取れないからでした。

この日から、主人だけじいちゃんのお世話に行くようにして
私は鉄子につききりにしました。
トイレも我慢してました。

私自体が食欲を失っていましたが
私が食べるのを見て鉄子が「それ欲しい」と食欲が出る場合があるので
無理して食べていました。

その日の夜から
鉄子がどこで寝てもいいように
ふすまを開けて
転んでも頭を打たないように
床に布団やらマットを敷き詰めました。
私のベッドで寝るのが好きだったので
ベッドに簡単に登れるように
布団で回りを埋めてあげました。

100

夜中もウロウロ歩いたり、
深夜にもかかわらず、散歩に行こうという鉄子でした。

2015.9.12
この日の朝も「ワンワンお散歩!」という声で目覚めました。
元気でした。
散歩から帰るとまた眠りにつく鉄子を見て
主人と鉄子を病院に連れて行くかどうかを話し合いました。
というより、私が「病院どうしよう?」
主人「これは動かさないほうがいい」と言いました。

2週間に一度抗生物質注射をしてたのも
行かないことにしました。
朝のお散歩に行っても息が荒くなる様子から
車に乗せて移動すると
興奮からよくない状態になるのではないか、
病院に行くことをやめようということになりました。
自分ひとりでは決断できないことでした。
私はどうしたらいいのかよくわからなくて
主人の言うようにするのが鉄子にとって一番いいと思いました。

そして
安静にしていたら
また元気になると信じていました。
この日も鉄子はお散歩に行くといって
主人を誘い、
私にはご飯ご飯と言って、
いつもの鉄子でした。

97
いつも、お散歩を催促する場所で
「おとうさん、お仕事終わるかな?」っと
じっと見つめてる様子です。

私はキャベツやにんじんを切ってお散歩で
ご飯食べさせようと、何も考えずに用意してたら
主人が「公園で興奮させたらまた倒れるだろう」と言って
この日からもうドライブはしないことになりました。
冷静に考えたらそうだったのに
私は食べさせることしか考えて無かったです。

おとうさんが何度も鉄子を抱っこして
近所を回ってくれました。
私はヘルニアが悪化してたので
全部は一緒行けず、
ほとんどは家で待っていました。

お散歩から帰ると鉄子は
私がご飯を煮てる台所に来て
「今日は何かな?」って見張りに来ていました。
「今日もおいしいよー」って言いながら
色々メニューを揃えてやりました。

この日も結構食べていました。
お夜食も色々食べました。

夜8時頃、少しケホケホが多かったので
スマホでそっと鉄子の様子の動画を撮りました。
鉄子はつれていかないけど
先生に動画を見てもらうことがあるかもしれないと思ったからでした。

この日の夜も鉄子は好きなところに移動して
私のベッドの横で眠ったり
自分のベッドに行ったりとしていました。
夜中に時々こっちにきては「なでて」というので
朝方までなでたりしてあげました。

2015.9.13
この日は
朝から元気いっぱいでした。
朝、5時にワンワン、お散歩催促して吠えました。
少しケホケホしていましたが
主人と近所にお散歩に行き
抱っこで歩く程度でしたが
おしっこもウンチも正常。
よいものがすんなり出ました。
何度もお外に行きたがるので
そのつど抱っこして主人が連れて行ってやりました。

この日はご飯もたくさん食べて
朝昼晩と色々食べてくれました。
だから、「またきっと元気になるね」と主人と話してました。

しかし、更に前日より口の様子があきらかに悪化していました。
でも、一生懸命食べる強い鉄子だった。
とにかく食べる!
食べて、お散歩に行くんだ!という感じで
私に「美味しいもの出して」とこの日はすごい催促してました。
生きる気力をはげしく感じました。

だけど、夕方
私のベッドの白いふわふわ毛布の上で
ゆったりとしてた鉄子が
急にハーハー言って、
フラリとまた横に体を倒しました。
トイレに入った主人を大声で呼びました。

主人と二人でまた鉄子を撫でながら
「だいじょうぶだよ、すぐよくなるよー」って言いながら見守りました。
絶対にまた復活するよ!絶対だよ・・・
そう思いながら見守るうちに
また鉄子は蘇生しました。

これが倒れた3回目でした。

98

そして目の前にあったお父さんの顔を見つけて
ぺろぺろなめて
「おとうさん、どうしたの?」って言ってるみたいでした。

530

そしてこの後、「おかあさん、何か食べたい」と復活したのでした。

この日は、お昼は焼きうどん
夜はかぼちゃのペーストと、黒糖饅頭少し。
夜食にクッキームーンライトを1枚食べました。

蘇生した後はケホケホも少なく目もしっかりして
家中に敷いた布団の上を探検している様子でした。

食べることも一生懸命で
なんの不安も無く、痛みも無く
明日もお父さんとお散歩に行くんだよ!って
思っていたと思います。

よく動物は自分の死期がわかるとか
亡くなる前に挨拶するとか
遺される飼い主を心配しているとか言われますが
私は、鉄子にそんな悲しい思いをさせたくなかったし
そんなこと考えさせたくなかったし
実際、鉄子に限っては
無邪気にいつもの日々を過ごしていたと思います。

最期までおとうさん、命で。
最期まで食べることに一生懸命でした。

私が寝るまで自分のベッドで寝ていました。

533

私が寝る時間には和室に一緒に来てました。

532

しばらくここで寝ていました。右が私のベッドです。

531

主人が寝た後、私は鉄子のことが気になって眠れず、
ケホケホというたびに鉄子の喉と胸をなでてやっていました。
鉄子はなでてあげるとケホケホもとまっていて
うれしそうな顔をしていました。

そして眠ったお父さんのところに行って
お散歩に行ってもいいよって
呼びに行ったりして。
みんなで同じ場所でごろごろ寝てるが
うれしい様子でした。

深夜3時ごろのことで
またクッキーを食べたがったので
砕いて食べさせてあげました。

その後は鉄子は私のベッドに乗って
「ここで寝るね」というように
お気に入りの白いふわふわ毛布を足で丸めたので
私はその側に横たわると
鉄子は私の右手に顔を寄せてきて
また「撫でて撫でて」と言いました。

そしてずっとそれから撫で続け
時々鉄子は自分でお口の回りを前足できれきれして。

私の右腕の中で寄り添って眠ってくれました。
ケホケホもしなくて
すやすやと安らかに眠る可愛い鉄子を見て
私もやっと
途切れ途切れの睡眠をとりました。

これが鉄子と一緒に眠った最期の夜となりました。

それは
これからもずっと忘れることのない静かな
そして安らかな夜でした。

今もあの夜、撫で続けた鉄子の温かい体と
柔らかいあの毛の手触りが
そこにあるかのように蘇るのです。

(辛い日記ですみません、
鉄子の記録として書いています。
コメントなど書きにくいので
読み飛ばしてくださいね。
今頃こんな記事ですみません。

あと1日あります)

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