父の名刺の思い出

「パピヨン鉄子物語 その52」
父の名刺

父は心筋梗塞の後、
自宅にこもりがちになったので
デイケアーサービスにリハビリに通うようになりました。

最初は、やはりプライドが許さず
「じいさん、ばあさんばかりのところに
行くの嫌だ」とか言ってました。
自分だっておじいちゃんなのに・・・

でも、これも私らが無理に行かせ始めました。
「嫌ならやめていいよ」って言って。

しかし、父は鉄子の助けもあって
リハビリのお迎えバスに乗って
お仲間と一緒に出掛けるのがすごく楽しみになって行きました。

そんなある日、「じいちゃん、名刺作ろうかなー
リハビリ仲間が鉄子ブログ読んでくれたりしてるから」なんて
言い出したのです。

仕事人生の中で名刺は父にとって大事なものだったのでしょうね。

それで、父は「鉄子の可愛い写真を貼って作ってくれ」と言うのでした。
ほんとに鉄子溺愛の父でした。

一番最初に作ってあげた時の写真が出てこないのですが
2度目に作ってあげた時の日記がありました。

その時に使った写真が昨日、ほとんど原寸大の鉄子の顔の
写真です。

 

———————2010.3月の父の日記————————–
さぶろーです。
今日も冬の寒さだった。
私は、仕事を引退してもう長く名刺など持っていなかった。
それが、最近、いつもカバンに名刺が入っている。

私のブログを楽しみにしてくれるリハビリの仲間に
あげたりするためだ。

まあ、私のブログというより、
皆、鉄子のことをかわいく思ってくださっている。

ありがたいことだ。

今回も新しいブログに引越ししてURLが変わったので
名刺も作り直してもらった。

もちろん鉄子の写真入りである。
また、配るのが楽しみな、
親ばかじいさん、さぶろーです。

(そして以下は父が亡くなった後に鉄子がこの日を思い出して書いた日記です)

じいたんは
この鉄子の写真が可愛いって
名刺に使ったんだよ。

じいたんの買ってくれたお洋服の帽子かぶって
お庭の山茶花を頭に乗っけた1年前の鉄子だよ。

また、お帽子かぶってくれる?(母)


こんなのどうかな?


ちゃんとかぶってくださいね(母)


お耳を出せば良いよ。


お顔がちょっと、大人っぽくなったんだよ。

 

 

父の名刺に使った鉄子の写真。

2010.1.4、庭になぜかシートを敷いて写真撮ったようです。125

—————————————————————————

鉄子のこの写真は父の大のお気に入りでした。

こうやって

自分が座るリビングのパソコンの前に

鉄子の写真を貼ってくれと言って

いつも「鉄子は可愛いなあ」ってつぶやいていました。

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この写真は父が脳梗塞で倒れた翌日、
病院からパジャマを取りに帰って、なんとなく撮った写真。

父はこの日、リハビリに行くつもりで、ジャージなども椅子にかけて用意してました。
でも、少し調子が悪いのでリハビリは休んで病院行くと言って
その帰りに脳梗塞を起こしたのでした。

もうこの椅子に座ることのなかった父の思いが感じられてしょうがない風景です。

洋服がかけてあるせいで父が座って
パソコンでいつものようにブログを書いてるように思えるのです。

写真に残しておいてよかったなあって思います。

 

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鉄子、さぶろーを泣かせる

「パピヨン鉄子物語 その51」
鉄子、さぶろーを泣かせる

ふふふ、鉄子でっす!
今日は鉄子がじいたんを泣かせちゃった話だよ。

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(2009.10.15の鉄子)

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2009年10月さぶろーが語る母親の思い出

私の母は、「さぶろーが兄弟の中で一番心配」というのが口癖だった。
私が若い頃は酒が過ぎたのでいつもそれを心配していた。

最後は病気になって20年くらい病院生活をして亡くなった。
畳の部分も有る病室で居心地が良かった。
見舞いに行くといつも老眼鏡を掛けて、トルストイとか、シェイクスピアなどの
文庫本を読んでいた。
活字の大きいのを買ってやろうかといっても、
重いから良い、数が多いほうが良いといっていた。
元気なとき、我が家に来ると家中の本を読みつくし、娘たちの学校の国語の教科書まで読んだ。
私の本好きは母親似なのだろう。

それからコーヒーが大好きで、病院の朝6時の湯が沸くのが待ちどおしかったらしい。
コーヒータイムで目覚めを愉しんでいた。

得意だったことにレース編みが有る。
これは元気なときからの趣味で、子供のピアノに合わせて、葡萄の葉と実の
カバーを編んでもらったことがある。それは見事なものだった。

不明045786

(昭和49年ごろ、熊本にて。右はさぶろーです。)

それから、夏休みには私たちの宿題に合わせて、小倉の到津の動物園に連れて行ってくれた。
海にも行った。貝や植物や昆虫図鑑など沢山の本を買ってくれた。

それから、母はよくお嫁さんと喧嘩して家出した。
子供たちの家庭がある下関ではすぐ見つかるので
私たち家族が住む山口市に、逃げてきた。

それで、親父か長男が迎えに来ないと帰らない。
これが、母の少旅行の始まりで、
岡山と熊本への転勤には手伝いに来てくれた。

そして、よく細長いキセルで刻みタバコを小粋に吸っていた。
桔梗という名のタバコでよく買って送ってやったのが懐かしい。

きっと今も天国で「さぶろーが心配だ」と話しているに違いない。
——————————————-
この日記を受けて
鉄子がさぶろーの母親になり、言葉を伝えました。

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この鉄子を見て父さぶろーは、笑いながら涙ぐんだのを

私は!見ました!

そして、次に鉄子はさぶろーの父親にもなります。

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2009年10月さぶろーが語る父親の思い出

私の親父は酒飲みであった。私はその血を引いた。
親父は洋酒は飲まず、日本酒オンリーだった。

私の様に、焼酎でも、ウイスキーでもワインでも何でもという酒飲みではない。
日本酒に刺身,鍋というパターンだ。

親父は魚をさばいてうまいおかずを作った。
親父に習って、鰯の刺身、鯖の酢じめ、鯛茶漬け、
カワハギの水炊き白身の魚の吸い物等など私もできる。
下関であるから魚はたいそううまかった。

不明045789

(昭和48年頃、熊本にて)

父親は大きいぐい飲みに熱燗でちょこちょこ3合を毎晩飲んでいた。

しかし、飲みすぎた失敗もあり
一度は、岩敷きの岸壁で、倒れ頭を打ち、1週間位、いびきをかいて寝ていた。
往診に来てもらっていて、ある日目覚めたが、よく無事だったと思う。

また海の傍の事務所に酔っ払った親父を兄と二人で迎えに行ったことがある。

私も娘に言わせると、似たような失敗が沢山あるということだが
もう時効だからあえて書かないでおこう。

その親父が癌で最後は長く入院していた。

我慢強い性格で、「痛み止めを使うと子供たちが見舞いに来たとき寝てしまい話ができないからいやだ」
と痛み止めを拒否。ベッドの棒を握りしめて痛みを耐えていた。

が、下関の兄から電話で「親父の具合が悪い」と東京に連絡があり
急いで帰郷し病院に行くと
危篤というほど具合が悪いようにも無く少し話をして病室を出ようとしたところ、
親父が、「三郎、酒は程ほどにして置けよ。」と言われドキッとした。

その数時間後、長男の家に着くと、追っかけるようにして
兄から「親父が亡くなった」との知らせが来た。

結局「酒飲むな」が私への遺言となった。

しかし、それからも気にしいしい飲み続けた。

そんな私も、去年、心筋梗塞で倒れてから酒もタバコも止めている。

天国の親父へ「酒はやめたよ」

————————————–
この日記を受けて、鉄子は
さぶろーの父親に扮し、
言葉を伝えました。
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不明045804

この時は父、さぶろーは大笑い。

 

何故かというと・・・・

下の失敗作品が父にバカ受け。

「半魚人な鉄」

もちろんボツ写真ですけどね。

私のストッキングで祖父の丸刈りの頭を作って

鉄子にかぶせたら・・・・・こんな変なものになって

あわてて帽子に変えたのでした。

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でも、鉄子はこういうのをやってるとき

「じーーっと」「じーーとしてねー」という合言葉を言うと

ほんとにじっとしてるのでした。

その後のコスプレ写真もほとんど「じーーっと!」って

掛け言葉を言いながら写真撮ったと思います。

病院でも「じーーっと」というと

おとなしく診察されてて

入院したときは先生も「じーーっと」って鉄子に言っては

治療したと言っていました。

ずっと忘れてたんですが

このへんてこ再現写真見て合言葉を思い出しました。

 

 

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もう・・・・・おかあさんったらーー

鉄子のあんな変な写真また載せちゃってるんだよ!

鉄子、こんなに可愛いお写真もあるんですのに・・・・・・

 

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鉄子のイラストと雀レストランその後。

佐賀は今日もたくさん雨が降りました!

ベランダから見える団地の壁に!雀が!
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4号棟の4の字にとまって雨宿りしてました。
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さて!この写真は5月13日のもの。

ベランダに雀レストランを作ってあげたときの写真です。

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実は、この後、少ししてカラスに見つかってしまったので

安心して雀がご飯食べれるように

エサ場をベランダの中に入れてあげました。

エアコンの室外機の上。

ここならカラスも来ません。

でも、雀がここまで来るかな?ってちょっと心配。

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しかし、少し躊躇してましたが

すぐにご飯食べに来てくれました。

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可愛いです!

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そして、もっと安全な場所、

そして私たちの近く、

窓の横の物入れの上に移動してみました。

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網戸越しの写真でクリアではないのですが・・・

 

今日は3羽。

お水もここで飲んでます。

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コツコツと木箱をつつく音を立てながら

殻をむいて食べてます。

私、セキセイインコのQちゃんには無農薬のとってもいいごはんをあげていたりしたので

雀さんたちにも美味しいごはんを用意してあげました!

なんだか、身近にこんな可愛くてふわふわの生き物の気配があるって

すごく癒されます。

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朝、5時くらいにベランダに来て

カーテンの向こうから「ちゅ、ちゅ」ってまずは、小さい声で呼んでます。

そのうち、「ちゅん、ちゅん、ちゅん」って少し声を大きくして鳴きはじめ、

6時過ぎになると「ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃーー」ってかなりの催促をしてきます。

そこで、主人がお水を入れたお皿と

殻付きご飯をエサ入れに足して出してあげるのです。

 

その間、雀は電線に移動して

その様子をじーっと見てて。

網戸を閉めると、その子がバタバタ飛んできて

ご飯をがつがつ。

 

その朝起こす雀がこの辺のボスの様で

他の雀がいるのを見つけると

欲張って追い払ったりしてます。

でも、1日見てると

少しずつ交代で食べに来てます。

ここに依存してるだけでなく

遠くに飛んで行って何か食べて帰ってくる様子です。

 

もう少し慣れてきたら、

網戸を開けて、部屋の方にエサ場を移動したら!!!

どうなるかなー

部屋に食べに入ってくるでしょうか?

あまり自然に逆らうことしたらいけないでしょうが

私の夢です。

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まだカーテンを半分しめて網戸の状態でのご飯場です。

そうすると、部屋の中の私を見ても怖がらないでご飯食べてる雀たちです。

あ、そして5月13日の写真の雛は大きくなって

みんなに混じってご飯食べに来ています。

 

そして!

りりこさんから、雀に燃えてる私にこんな可愛いクリアファイルが!

野鳥シリーズです。

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更に!

りりこさんが鉄子の絵を描いてくださいました!

かわいいいいーー

似てるー

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この下の2013.8月のカレンダーを見て

描いてくださったそうです。

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鉄子、よかったねー

とっても可愛く描いてもらって!

鉄子、幸せそうなお顔してるね!

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Posted in いただき物, 佐賀お散歩 | 14 Comments