今日は1月17日、阪神淡路大震災の日。
1995年1月17日
私は東京にいました。
信じられない思いでテレビの画面を見ていました。
2011年3月11日、東日本大震災の日も
東京の家で大きい地震がきて
本棚が倒れました。
そしてテレビでまた信じられない光景を見ました。
友人の家族が友人だけ残して亡くなりました。
もっと昔、
広島の原爆の日、祖母が被爆しました。
私は幼いときからずっと原爆の話を聞かされてきた。
だけど、私はこれまで何の痛みもなく
生きていられた。
私たちに何が出来るのでしょうか。
やはり事実を忘れることなく
伝えていくことしか無いのではないでしょうか?
鉄子のブログのお友達、
ままままさんは
21年前の今日この日、
阪神淡路大震災の被害にあわれ
ご自宅も全焼されました。
当時、パピヨンのバルちゃんもいて
大変なご苦労をされています。
今日のままままさんのブログで
そのときのことを書かれております。
「生き残った人と
亡くなった人の紙一重
21年経ちましたが
今でも思い出すと涙がでます。
風化させてはいけません。
教訓にしないといけない。
どうしたらいいのかわからないけど
私は忘れません。」
ままままさんのお気持ち
ここで引用させていただきました。
また
マリィちゃんのパパさんの日記でも
その日のビデオを公開されています。
当時、赤ちゃんだったお子さんとインコちゃんを抱えて奥様と大変でいらしたそうです。
私には想像もできないこと。
その場におられた方のお気持ちは
21年たった今もその日、その時間に
立ち戻られる。悲しい思いと共に。
そして私たちに教訓を与えてくださっています。
あの日を忘れてはいけないのです。
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