15歳の鉄子へ

今日は鉄子が生きていたら15歳になった日でした。

ちょっと鉄子にお手紙書こうかなと思います。

334

鉄子へ、
お誕生日おめでとう。
15歳になったね。

おかあさんは鉄子がいなくなって
とっても哀しくて
しばらくは鉄子がどこに行ってしまったのかって
探し回って
馬鹿みたいになってしまって
「鉄子は虹の橋にも天国にもいかない」と
駄々こねていたよ。

今も鉄子はどこにも行かないで
おかあさんの心の中ですやすや眠っていて
さみしいときに呼べば
ニコニコ笑って側に来てくれる・・・

そして小さな骨壷を
いつもおかあさんの座るパソコンの横に置いて、
鉄子の匂いの羊さんも置いて、毎日なでなでして。
そしたら、とても気持ちが楽になったよ。
51

鉄子はご飯作るときは台所にいて
車で出かけるときは膝の上。

お散歩道ではおとうさんとおかあさんの間を
尻尾フリフリで歩いて
ご飯のときは足元でなにかちょーだいって見上げてる。

椅子に座って手を下ろすと
「お顔なでてー」って頭を押し付けてくる。

お風呂に入ってると
すりガラスの向こうからおかあさんが上がるのを一生懸命
見張ってる。

そして1日の終わりには
おかあさんのベッドに上がって
側にくっついて眠ってくれるんだよ。

だからもうだいじょうぶだよー
哀しくないよ。
寂しい気持ちはあるけど。

鉄子の好きだった市立図書館に行ってみた。
321

小さい男の子が泣いてる。

320

子犬が足元から心配そうに見上げて。

322

気持ちよさそうに眠る少女。

323

鉄子の子犬のときに似ているんだよ。

324

物思う少女。

325

ほら!この子も可愛いでしょ。

ここは子犬のオブジェがたくさんあって
ほんとは鉄子と写真を撮ろうって思っていたんだけど
かなわない夢になってしまったね。

きっと一緒に撮ったらすんごいかわいかったと思うよ。

図書館前の緑地は鉄子と遊んだ場所だよ。
まだ緑一色になってないけど。
327

鉄子と遊んだ去年の夏はクローバーがいっぱいだったね。
330

いつもどんなときも
心の中で笑ってくれてる鉄子。
お誕生日おめでとう。

332

近所の梅もたくさん咲き始めて

3月1日生まれの鉄子はきっと春を連れてきてくれる子なんだよ。

もうすぐほんとの春がやってくるね。

そしたら、またおかあさんんと一緒にたくさんお散歩に行こうね。

奇しくも鉄子の病気がわからなかったときに作ったカレンダーに

「ずっとずっといつまでも」という言葉を使っていたんだね。

すごく考えて鉄子の為に書いた言葉なんだよ。

これからもずっと一緒だよ。

15歳になった鉄子へ

おかあさんより

——————————————————————–

いまも鉄子の毎年のお誕生パーティーの想い出を
忘れないでいて下さるみなさん
ありがとうございます。

 

—–ランキング参加中。よろしくお願いします——-
にほんブログ村 犬ブログ パピヨンへ
にほんブログ村

にほんブログ村 犬ブログ 犬 思い出・ペットロスへ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

Posted in お誕生日 | 39 Comments

大変だったこと、その2

「パピヨン鉄子物語 その16」
酔っ払いの父と鉄の脱走事件

———————————-
(当時の父の日記より)
吐血して命の危機があった鉄であったが

なんとか回復して元気になった。

そして調教の先生の指導もほとんど終わり、噛み癖はかなりおさまり

私の言うことも良く聞くようになっていた。

心配した脱毛も、少しずつ良くなり気がつくとふさふさの鉄に戻っていた。

313

314

316

そんなある日、鉄の散歩にバスの通る道を横切って畑の中の公園に行った。

車も殆ど通らない場所にある公園には誰も居ず、鉄は気持ち良く遊んでいた。

しかし、私がつい油断して手を緩めてリードを離してしまった。

鉄はしめた!と逃げ出したがブランコの柵にリードが

巻きついて自分で動けなくなったところで捕まった。

かなり私も冷や汗をかいて

この話を長女にしたらこっぴどく叱られた。

しかし、こんなことではすまないことが起きてしまうのである。

 

実は、私は酔っ払っていて、情けないことに何も覚えていないのだ。

317

「ほれほれ!ささみじゃー」 父

「わーいわーい」  鉄

(このお気楽な二人にとんでもないことが)

—————————————————————–
(ここから愛子です。)
 

これは今は、あんなことがあったねと話す過去のことなのですが
まったく冗談じゃない!って事件でした。
そして目撃者は私だけなのです。

2001年晩秋

父はその日、碁の仲間の飲み会があって出かけました。
父はもう昔から酒が過ぎて
たくさんの大変なことを起こしてきました。
お財布をなくし靴もはかないで
家に帰ってきたり。
2次会のスナックで知り合ったという
真っ白スーツのピアノ弾きさんを
深夜に家に連れ帰ったり。
朝起きたら、外国の人がいて
母が朝ごはん食べさせてたり・・・
(父は自分が連れてきたくせに
誰だろう?と朝言っていた)
寝台列車で酔っ払って20万くらい入った財布を
スリに盗まれたり・・・

とにかくお酒でいろんな失敗をしてきました。
飲みだすとべろべろに酔うまでやめられない大酒のみでした。

父が碁の仲間とお酒飲みに行くというので
鉄が一人で寂しいだろうと私は
父の家で鉄と遊んで留守番して待っておりました。
父には「飲みすぎないでよ」と釘を刺しておいたのですが・・・

かなり遅くなって
ひどく酔っ払った父を囲碁の友人3人がタクシーで
連れ帰ってきました。

私はその音で玄関の外に出て
酔っ払ってグダグダの父を抱きかかえていました。

その時、送ってきた一人の人が私の横を通って
玄関を勝手に開けて、
気を利かせて父を中に運ぶため
廊下の鉄が逃げないようにしているゲートを
外してしまったようなのです。

319
(鉄が家の中でフリーでいても逃げないように
2重にガードしていました、
板はダンボールで抑えて固定して人間はこの板をまたいで
次のゲートを開けて玄関に行っていました。)

 

そのとき、父を玄関の外で
抱きかかえている私の横を、白いものが飛び出していきました。

それはリードもつけてない鉄でした!!

\(◎o◎)/!

私は父をそこの地面に座らせて、鉄を追いかけました。

暗い中、すごい勢いで走る鉄。

 

とても興奮してしまって、つかまるもんじゃあありません。

そのうち、車が来て、私は両手を広げて車を止める始末。

 

呼ぶと、余計に喜んで逃げました。

家の前は車は少なく徐行していますが、一本先を曲がると大通り。

びゅんびゅん車が走っています。

そっちへ行ったらもう駄目でした。

自宅にいる主人に助けを呼ぶにも携帯は父の家の中だったし

取りに行ったら鉄を見失ってしまう。
 

車を何台も止めて、鉄を追いかける私。

運転手さんに何度も怒鳴られました。

汗だくでもう息も止まりそうでした。

 

f:id:sabu36:20091026204255j:image

 

地図の赤線の部分を全速力でぐるぐる回る鉄。

送ってくれた方は皆「犬は戻ってくるから!ほっといて」などと言って

「お父さんを早く家に入れてあげて」と大きい声で私を呼んでいます。

 

あの鉄が戻ってくるなんて!!!何言ってるの!

 

そしてトラックが向こうから1台やってきました。

「わーーもうだめだー」と思った瞬間、トラックは止まり

運転手さんが降りてきて、なんと一緒に鉄が大通りに出ないように

家のほうに追い立ててくれました。

 

そして鉄がまた家の前を全速力で走りぬけようとしたとき

門柱に寄りかかっていた父がドスンと音たてて
道路に転びまして、
酔っ払いですから横になってうだうだ言ってました。

 

そして、それを遠くから見た鉄が、父の顔をなめようと
すごいスピードで戻ってきたんです!

 

そこを、もう今しかない!これを逃したら
また向こうに走っていってしまう!と頑張って
父の顔をぺろぺろしてる鉄を
ひっつかまえたのでした。

この瞬間、私は気が抜けて涙がぼろぼろ出ました。

父の友人の酔っ払いのご老人たちは、そんな私をあきれてみてて
「ほらーワンちゃん、ほっといても帰ってきたよ」と言うのでした。

 

この間、止めた車は十台くらい、時間は20分くらいでしょうか。

ひどい話です。

心臓どきどきして、「てつーーてつーー」って叫びっぱなしだった。

サンダルは片一方脱げて
足は転んでいつの間にかジーパンの膝が破れて血が出ていました。

 

そしてお世話になったトラックの運転手さんは、いつの間にかいなくて

お礼もいえませんでした。

あの運転手さんいなかったらどうなっていたのでしょう・・・

その後、父のお友達には帰っていただきましたが

皆さん高齢で私のことを
「犬を追いかけてお父さんを大事にしない娘さん」みたいに
思われて
「おとうさんを大事にしなさいよ」って言われましたーー!!

とほほ・・・・な事件でした。

でも、一番悪いのは
あんなに酔っ払うまで飲んで何も覚えていない父でした。

私は父の酔いが醒めるまでいて
しっかり御灸をすえてやりました。

酔いの醒めた父は私の話を聞いて
びっくりして
目をまん丸にして。

「鉄に怪我はないか?」と聞いて
「お前の膝から血が出とるがどうした?」と聞き
また私を怒らせるのでした。

この日、私が父の家で待っていなければ
とんでもないことになっていたと思うと
今もぞっとします。
それから父が夜出かけるときは
鉄を私の家で預かったり
私がとまりに行くようにしたのでした。

(ここまで愛子)

——————————————————————-
(父の日記の最後にはこう書かれていました。)

この後、酔っ払いの私と、大脱走をしでかした鉄は並んで座って

長女の説教を延々と聞かされたのだった。

さぶろー

—–ランキング参加中。よろしくお願いします——-
にほんブログ村 犬ブログ パピヨンへ
にほんブログ村

にほんブログ村 犬ブログ 犬 思い出・ペットロスへ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

Posted in ★鉄子物語 | 22 Comments

大変だったこと、その1

「パピヨン鉄子物語 その15」
鉄の吐血

父が鉄子と二人であの家に住んでいたとき

色々なことが起きましたが

鉄子の命にかかわる大変なことが二つありました。

今日はその1

———————————–
(父の日記から)

一番、大変で危機を感じたのは

生後5ヶ月くらいに原因不明の吐血をしたことだ。

その日は朝から、吐き気があり様子が悪いので

すぐに近所の医者に運び込んだ。

すると医師の前で血の塊を吐いた。

すぐに処置をしてもらい事なきを得たが、

血の塊を吐くのと血便が1日のうち何度もあり、大変かわいそうであった。

そして、命の危機を感じた。

医師に玉ねぎを拾って食べてないか聞かれたが

絶対にそのようなこともなく、その場合は違う感じの症状になると思うと言われた。

今でも原因はわからない。

医師はその際に肝臓の数値が悪いことを指摘。

そういう内臓的なことが原因したのだろうか。。。
———————————————-
ここから愛子です。

その日の、午後、父が「鉄がちょっと元気ない」と電話かけてきたので
急いで父と鉄の家に走りました。

家に入ると
鉄が尻尾を振って私を迎えましたが
よろよろとしています。

「どうしたの!」ときくと
そうすると「朝、ちょっと吐いた」というのです。

どうにも様子がおかしいので
すぐに近所の脱毛を診てくれている病院に駆け込みました。

父は「いやーちょっと娘が大げさでー」とか言ってました。

先生が「どうしたー鉄?」と言ったとき
尻尾振って先生によっていきながら
鉄がげぼっと音を立てて
血を大量に吐いたのです。

朝吐いた物は胃の中にあった食べたものだったらしいのですが
これは!一大事です。

私は「たまねぎ」が頭に浮かびました。
実は父は無類の玉ねぎ好きだったのです。
だから、気をつけていたと思うけど
もしかしたらかけらを落として
鉄が食べたということは大いに考えられたのでした。

父は私に叱られるから
もしかして
鉄が食べたことを言えなかったのかもと思いました。

やはり先生が「玉ねぎ食べなかった?」と聞いていましたが
「ぜったいにそんなことはない」と断言していました。
そして先生も「尿の色が普通だし玉ねぎ食べたときの症状とちょっと違う」
といってすぐに血液検査(全項目)しました。
気になるのは肝臓の数値が悪くなっているということだけだったと思います。
レントゲンで誤飲が無いかも調べました。
すぐに先生が「ここで出来ることは全部しましょう」と言って
点滴や注射、をしてくれました。
今思い出そうとしても何をどうしたか
覚えていませんが
とにかく鉄子はとても心配な状態でした。

病院と家は歩いて5分の場所にあり
先生が「子犬で入院させるより自宅でみてやったほうがいい。
夜中でも急変あったら電話してくれたら往診する」と言ってくれたので
一旦家につれて帰りました。
その後も鉄は何度か血を吐いて
下痢も血が混じって、とてもかわいそうでした。

父は「鉄が死んだらどうしよう」とがっくりと肩を落として
鉄の横に座り込んでいました。
「だいじょうぶだよ!」と父を励ますのが大変でした。
父は私に隠れて涙をぬぐっていました。

私はその数日間は父の家に泊りがけで
鉄の看病しました。
父ひとりには任せられないと思いました。
父と交代で睡眠をとって
ずっと鉄の様子を見守り
翌日から毎日病院に朝昼2回の点滴と注射に行きました。

鉄は先生の治療で4日目ごろには
もうすっかり元気を取り戻し
食欲も出て
泊まってる私に夜中に「おばちゃん、あそぼうよ」というまでに回復しました。

309

310

311

私が1日中一緒にいてやれなかったので
鉄がなにか悪いもの食べたとかわからなかったし
父もぼけーっとして何か見逃していたかもしれないので
ほんとに誤飲で胃を傷つけたとか
なにか父の薬を食べてしまったとか
いろいろと原因を探しましたがわからないままでした。
今思うと父はたくさんの薬を飲んでいたので
もしかしてそのどれかを鉄が飲み込んで
中毒起こしたんではないかと・・・
もう今となってはどうしようもないですが。

とにかく、今でもあの獣医さんにはよくしてもらったことを
忘れず感謝しています。

2001年8月17日のことでした。

父は「とにかく鉄の命をあずかってるんだから
しっかりしてね、
ちゃんとみて、何かあったらすぐに言ってくれないと困る、」
と言いました。

そして私が父を叱るから言いにくくなってるかもしれないと思って
「怒らないから、一緒に考えるから何でもいってよー」と
優しく言ってやったのでした。

しかーし!

父はまた私にこっぴどく叱られることを起こしてしまうのでした。

続く

—–ランキング参加中。よろしくお願いします——-
にほんブログ村 犬ブログ パピヨンへ
にほんブログ村

にほんブログ村 犬ブログ 犬 思い出・ペットロスへ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

Posted in ★鉄子物語 | 15 Comments