最期の日、さぶろーは逝ってしまった。

お世話係です。
5月19日の正午頃、整形外科の帰り道、
車椅子に乗ったままさぶろーは脳梗塞で意識を失いました。
救急車で病院に運び、一命を取り留めたと喜んだ私たち。
しかし、本当は脳梗塞は軽いもので
さぶろーの命を奪うことになった本当の病名は
「胸部切迫性大動脈瘤破裂」でした。
以前より胸にあった動脈瘤。
わかってはいたが、手術の難しい場所で
さぶろー本人が切除手術を拒否していた場所です。
それが、そこに今回亀裂が入りじわじわ肺に血が溜まっていたのでした。
脳梗塞を起こしたときは、すでに左肺はもう出血でつぶれていました。
医師は「すでに危篤状態、これで意識があるのは奇跡。
しかし、2週間は持たないでしょう。」と非情にも悲しい宣告をされました。
私たちは、奇跡を願い、また奇跡を信じ、
毎日、面会時間いっぱいをさぶろーの側に付き添い励まし続けた。
今までも何回も入院した。
でも、いつも、元気になって退院してきた。
今回だって、きっと家にさぶろーは帰ってくる。
絶対に!
そんな思いも虚しく、さぶろーは毎日、少しずつ、悪くなっていった。
本人も今回はただ事ではないのかもしれないと思っていることが
少しうかがわれました。
「おじいちゃんの、本当の病名はなんですか?」と
私に聞いたこともありました。
私が「脳梗塞と肺炎だよ」ときっぱり言うと、さぶろーは少し安心した顔をした。
大動脈瘤が破裂したら命はないとさぶろーだって知っていたのですから。
しかし、私も大動脈瘤破裂といえば一瞬に大出血して死に至るという知識しかなく
このような静かな破裂があるとは思ってもいなかったのです。
ですからさぶろーは最期まで自分の病気はわからなかったと思います。
さぶろーも入院してから、毎日すごく苦しい状態ではなく
だるいのは肺炎のせいであると思ってくれました。
最期まで私は苦しく虚しい演技を続けた。
最期の日、26日から27日にかけての長い時間。
忘れることのできないさぶろーの言葉。
前夜25日の深夜、それまではさほどの苦しさも無く
ベッドにいられたさぶろーは息苦しくなって
何回もナースコールをしたそうです。
後でそれをきき、胸が苦しくなりました。
昼間だったら側にいてやれたのに・・・
ひとりで、つらかったろう。
それは、出血がさぶろーの残された右の肺の上部まで
押し上げた結果の苦しさだったのです。
医師はそれを判断し、
私たちに宣告していた「弱い麻酔薬」の投与に入りました。
それで、楽になって眠ったさぶろー。
26日の早朝、突然下痢をした鉄子を病院に連れて行き
点滴をして自宅に戻ったとき
さぶろーの主治医から
「お父さんは昨晩深夜、病状が進みました。
今日、薬で眠らせてあげるようになりますので
皆さんで来てください。まだお話できます。」
という電話を受けました。
いよいよ、この日がやって来たんだと
酷く動揺した私。
鉄子はそれを自然と感じたんだろうか・・・
体調を落としていました。
そして、ふと庭を見ると、あの白いツユクサがたくさん咲いているのをみつけました。

病院に行くとさぶろーは寝ていました。
息もしていたけど、やはり少しだけ苦しい様子。
少ししたら目を覚まし、覗き込む私に
「おじいちゃん、もうだめだ」と言いました。
昨晩、余程苦しくてナースコールしたんだなと、私は
本当に切なかった。
でも、「何言ってるの!今日は薬を替えてもらったらから楽でしょ?
肺炎って苦しいんだよ。もうちょっとしたら楽になるし、そんなこと言ったらいけないよ」
「早く良くなってさ、またコスプレしようよ」というと
「うふふ」と笑ってくれたさぶろー。
私の必死の演技を見て妹も家族もベッドの裾でさぶろーに
見られないように涙を流していました。
私はさぶろーの顔の横にいたので
さぶろーを勇気付けることしか考えられずに
そしてこうやって勇気付けてたら奇跡が起こって
さぶろーの出血はなくなるんじゃないかと、
そんなこと思いながら、さぶろーを落ち着かせました。
さぶろーは私に「鉄子は?」と聞くので
「元気でご飯いっぱい食べてる」と言ってやると
安心したように笑って、ベッドに飾った鉄子の写真を見ていた。

薬も利いてきてさぶろーは少し楽になって
妹とも話を始めました。
昔妹といった辛いカレー屋の話。
「カレー食べに行きたいね」と普通に話していた。
「背中にいっぱい汗かくよね」とか楽しげに。
主人が「おじいちゃん、かっこいいパジャマ着てますね」といったら
両手を広げて着物の袖を見せる女の子のようなそぶりで
クルンと手を回したおどけたポーズを取って見せました。
これで、今日もう最期になるなんて、絶対に信ずることはできない。
うそだ!
涙が溢れてきたので、私は顔を洗いに行きました。
主人がベッドの横に行くとさぶろーは私のほうを見て
「A君、これを頼むよ」というので、私が何?入院費?と聞くと
笑うので、「入院費なんて心配ないよ」といったのですが
後で思うと主人に「私のことをよろしく頼む」と言ったに違いないのです。
さぶろーは最期になって
自分のことをわかってしまったのかもしれないけど
最期まで、私たちに我がまま言わずに
たくさんの笑い顔の思い出を残してくれたのだと思います。
それから、さぶろーは少しうとうとはじめ
「少し眠る」と言いました。
先生は私たちが一通り話したことを確認すると
私たちの目を見て「さぶろーさん、お薬少しまた入れておきましょうね」と
言って器具を調整しました。
その後、さぶろーが目覚めることはありませんでした。
完全個室に移すようにしてもらい、
ホテルのような部屋に移動。
さぶろーに付き添うために簡易ベッドと布団も借り、
「今日から交代で泊まる」ことを決めたのです。
しかし、さぶろーは徐々に呼吸が変化していき、
私たちのなすべきことはもう何もなくなりました。
何もしてあげられない私たち。
さぶろーの呼吸の音だけが
病室に響き、それを聞いているだけの私たち。
疲労もピークに達していた私たち。
座ったまま、交代でうつらうつらもしました。
深夜になると、さらにさぶろーの呼吸は弱っていきました。
看護士さんがあわただしく入ってきて
さぶろーに器具を取り付けました。
血圧、心拍数が現れるものです。
しばらくすると血圧が異常に上がった、
そのとき妹が「お母さんが死んだときも血圧が最期にあがったんだよ」と
悲痛な声を出しました。
本当にそのとおりに、その後
さぶろーはもう、どんどん、息がおかしくなっていきました。
最期、私たちが見守る中、さぶろーの呼吸が「こくっ」と止まり
器具がぴーと非情な音を出し、
それがさぶろーの最期のときでした。
涙がとめどなく出て、嗚咽が止まらない私たち。
妹はさぶろーの顔を見たまま座り込み
涙を流し続けました。
「お父さん、ごめんね、
もう少し病気のこと良く見てあげればよかった。
がんばったね、お父さん。
ありがとう、お父さん、でも、もう苦しくないよね。
お父さん、本当に良く耐えてえらかったよ」と
私は声をかけたと思います。
父はきっと最期にそれを聞いてくれた。
そう信じています。
さぶろーは看護士さんたちによって綺麗に清められ
私が用意した赤いチェックのカッターシャツに
リハビリ用のトレーニングウェアに着替えさせて頂きました。
その顔は、優しく微笑んでいました。
がんばったさぶろー
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—————————————-
さぶろーとお世話係の写真。
この写真が大好きです。
子ども会主催の山登りに参加して
さぶろーと頂上で何か話しをしています。

私が生まれたとき。
とても可愛がってくれたさぶろー。

今回、たくさんの写真が出てきて
座り込んで、見入っていました。
今になってさぶろーの存在の大きさが
ヒシヒシと感じられるお世話係です。
しかし、遺骨を下関に納めに行く用意を
しなければなりません。
そして明日は鉄子の病院です。
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30 Responses to 最期の日、さぶろーは逝ってしまった。

  1. あやたれ より:

    お世話係さん、こんばんは
    私も、もっと父のこと大事にしなくては
    ブログを読んでそう思いました
    去年、私の父は、皮膚がんの摘出手術をうけました。7月に患部を診てもらって問題なければ再発はないと判断されるそうです。
    ブログ読んでいて、当たり前のように思っている両親のことをもっと大事にしようと思いました
    さぶろーさん、お世話係さん、鉄子ちゃんありがとう

  2. クママ より:

    こんばんわ。
    さぶろーさんの最後を知り胸が熱くなる思いです。お世話係さん、本当にお疲れ様でした!家族皆に愛されてさぶろーさんは幸せな最期を迎えられたと思います。
    明日は鉄子ちゃんの病院ですか?
    頑張れ! 鉄子ちゃん!
    いつも島から応援しているよ=

  3. ばらり より:

    こんばんわん。
    昔の写真、見れて嬉しかったです。
    ありがとうございます。
    美しいファミリーですね。
    さぶろーさんはハンサムだし素敵だし奥様はお奇麗だし、お世話係さんも妹さんも本当に愛らしいです。
    さぶろーさんは、奥様の看病をなさっていたのですか。。。
    記事を読んでとても切なくなりました。
    でも
    さぶろーだけでは華やかさが足りない。。ってちょっと笑ってしまいました。
    でも、十分に?いいえ、かっとびで、
    素敵で可愛いおじいさんでしたね。
    お世話係さん、書いてていてさぞつらかったでしょう。でも最後まで最愛の家族と一緒にいられて、きっと幸せだったんですよね、
    さぶろーさん。
    私もさぶろーさんがいない事を認めたくありませんが。。
    まだまだ鉄子ちゃんの心配をして、
    そばにいると思いたいですね。
    鉄子ちゃんの病院も、どうか
    明るい方向に向かいますように。
    応援しています。

  4. べりぃー より:

    最期まで茶目っ気たっぷりのさぶろーさんだったんですね。
    そのまま逝ってしまうなんてウソみたいな状況の中で逝ってしまったんですね。
    自分がもうダメかもと思いながらも鉄ちゃんやお世話係さんの事を心配するさぶろーさん。
    本当に優しい方でしたね。
    お世話係さんが産まれた時、鉄ちゃんを可愛いがるのと同じように可愛がっていたんでしょうねぇ。
    さぶろーさんは、素敵な生涯を送れましたよね。
    さぶろーさん程の幸せなおじーちゃんってなかなかいないと思いますよ。
    ご家族の方の献身的な介護に沢山の素敵なお友達。
    みんなに愛され惜しまれながら生涯を終える。
    なかなか出来る事じゃないですよね。
    これもさぶろーさんの優しさがあっての事だと思います。
    私もここでさぶろーさんに出会えて、本当に楽しかったです。
    お世話係さん、さぶろーさんにブログを勧めて、私達と出会わせてくれて本当にありがとうございました。
    これからもずっとずっと応援してます!!

  5. ゆんこ より:

    もう涙が止まりません。
    正直に申し上げて、お会いしたことのないさぶろーさんの最期を読んで、なぜこんなに涙があふれるのかわかりません。
    前にも書きましたが、私はまだ身内との別れに接したことがありません。祖父母は私が生まれる前に亡くなりました。
    私の父は今年84歳ですが、まだ元気にしています。今日からローマに遊びに来てくれます。
    だから重なる想い出もないのに、もうあとからあとから涙があふれてくるんです。
    ごめんなさいね、わけのわからないコメントで。

  6. すのーら より:

    お世話係さん、こんばんわ。
    お久しぶりになってしまって・・・。
    さぶろーさんの最期の日々、きっとしばらく続くだろうと思い、毎日こっそり読ませていただいていましたがなんとコメント入れれば良いのかと思いあぐねているうちに今日まで来てしまいました。
    あの頃お世話係さんとご家族の皆様がどれほどつらい日々を過ごしていたのか、何も知らずに楽観視していてごめんなさい。
    さぶろーさんのご病気、最期の闘病はなんという辛いものだったのかを知り、その場にいなかったにもかかわらず想像するだけでも涙があふれてしまいました。
    1日も早くお世話係さんとご家族に笑顔が戻りますように。さぶろーさんのことをおもうときに悲しいつらい気持ちではなく、楽しかった思い出だけを思い返せますように。それから鉄子ちゃんの心臓の手術・・・どうかさぶろーさんが天国から見守ってくれますように。

  7. そら より:

    さぶろーさんの最期を知り、涙が止まりません。
    さぶろーさんと年の近いうちの父(昭和5年3月生まれ)は、長年わずらっている糖尿病から緑内障でほとんど目が見えず、去年は動脈硬化で手術をしました。どんどん年老いていく父。近くにいると冷たく当たってしまう私。いつか消えてしまう命。
    お世話係さんが、一生懸命さぶろーさんのお世話をする姿を思うと、私は恥ずかしく思います。お世話係さんのブログを見て、私は目が覚めました。もっと父を母を大切にしなければ こんな簡単なことを再確認させて頂きました。
    お世話係さん、ありがとうございます。
    そして、ブログを通してさぶろーさんと逢えたこと、とても嬉しく思っています。
    最期の最期まで、大切なことを教えてくださり、ほんとうにありがとうございました。
    これからも、応援しています。

  8. まろんぱんな より:

    さぶろーさんの最期・・・やっぱり切ないですね。
    さぶろーさんがお世話係さんを、お世話係さんがさぶろーさんを・・お互いに心配しあって、優しく声をかけていらっしゃいますよね。ほんとに素敵な親子関係だと思います。
    写真もいい写真ですね(^^)
    子供会の山登りに参加してくれるなんて!!うちではなかったことなので、羨ましいな。。
    これからも応援しています。

  9. より:

    言葉が見つかりません
    何も変わっていないのに
    何もかもが変わってしまう・・・
    何も考えず生きて来たけど
    生きていることのありがたさを実感しました。
    さぶろーさん、お世話係りさん、鉄子ちゃん
    忘れていたこと
    いろいろ教えてくれてありがとう

  10. みえ より:

    さぶろーさんの最期を聞いて、また泣いてしまいました。
    お世話係さん、一生懸命演技されてつらかったですね。
    さぶろーさん、最期まで頑張られたんですね。皆に愛されて逝かれましたね。
    今まで一緒に暮らしていたさぶろーさんがいなくなって、毎日存在の大きさを感じますよね。
    私の母も、さぶろーさんと同じ昭和6年生まれなんですよ。2年前に事故で急に亡くなり、最期を看取ることができなくて。遠く離れて暮らしていたせいか、今でも電話がかかってくるような気がしてしまいます。
    今はお世話係さんやご家族がお元気で、鉄ちゃんの手術がうまくいくようにと思います。

  11. まつず より:

    涙が止まりません。。。
    さぶろーさんとお会いしたことはないのに、
    身内のことのように悲しいです。
    お世話さん、演技をすることとても辛かったですよね。。
    本当のことは言いたくない。
    でももうすぐとわかってしまっているから言いたいこと話したいこともあったと思います。
    さぶろーさんは、お世話係さんのような素敵な娘さんを持てて幸せだったと思います。
    今は無理しないください。
    つらいときはたくさんお話しましょう。
    お世話係さんの気持ちに温かさが戻ってくるまでゆっくりでいいです。
    前に進まなくてもいいです。
    ゆっくりゆっくり・・。
    応援してます。

  12. ままりん より:

    こんにちは。
    さぶろーさんの最後の様子が母の最期と重なって涙が止まりません。母も自分の病名を知らなかったので最後まで元気になって退院するつもりでいました。
    お世話係さん辛いのに最後まで一生懸命、看病されて本当に大変でしたね。
    さぶろーさんもきっと感謝されていますよ。
    来月には鉄子ちゃんの手術も控えていて心の休まる暇もないでしょうが、どうか御身を大切になさってくださいませ。

  13. ルカ より:

    こんにちは。
    本当にさぶろーさんの最期と父の最期は
    同じだな~と読ませていただきました。
    そして、お世話係りさんの「嘘」を私も
    つきつづけてしました。
    父「一年でもいいから新しい家に住みたかったな~」といえば、
    私「何言ってるの、今からずっと住み続けるんだよ」
    等々。
    ん~~~いろいろと言いたいことがありすぎて(^^;
    何を書いたらいいのかわかりませんが、
    お世話係りさん、お疲れ様でした。
    記憶が薄れないうちに記録に残しておきたい
    気持ち、とってもわかります。
    お世話係りさんにとって、つらい作業だったと
    思うけど、後は前を向いて、一緒に頑張っていきましょうね(^^)
    鉄子ちゃん、今日は病院なんですね。
    雨がふって大変だけど、病院から帰ったらゆっくりされてください。
    鉄子ちゃん、応援してるからね~~~!

  14. お世話係 より:

    あやたれさん、辛い記事を書いてしまったのにコメントいただきすみません。
    本当はもっと書くべき部分もありますが
    省略しました。
    だから少し綺麗過ぎるかもしれません。
    私も色々といまだに後悔や懺悔もあります。
    でも、親御さんが生きておられるって
    幸せなことですね!
    大事にしてあげてくださいね。
    私はもう後悔して思い出すしかできなくて・・・

  15. お世話係 より:

    クママさん、いつも応援ありがとうございます。
    さぶろーの最期を読んでくださって感謝しています。
    辛い気持ちを書きなぐったので
    読まれる方も辛さが伝染してしまいますよね。
    でも書くことでかなり気持ちが整理できました。
    さぶろーもきっと納得してくれたかなと思います。

  16. kilala Hoshino より:

    お世話係りさん、お疲れ様でした・・・
    本当に、鮮明に自分の目の前にやきつくような文章力に感動しました・・・
    さぶろーさんは、幸せでしたね・・・
    テツコさんをお大事になさってください☆彡
    Kira0521より

  17. お世話係 より:

    ぱらりさん、読んでくださってありがとうございます。
    そ、そんな・・・美しくは無いでっす!
    写真がセピア色だし。きっとそんな感じがするだけですよ。
    しかしほめてくださってうれしいです。
    母は出産時の輸血が原因で肝硬変になっていました。
    それで入退院を繰り返していたんです。
    さぶろーは母の病院に毎日見舞うのをとても楽しみにしていました。
    さぶろーだけのブログだったら、本当にちょっとって感じでしたよ。(笑)
    で、さぶろーは後になって「鉄子にブログを乗っ取られた」と笑っていました。
    さぶろーの最期を見届けのが私の務めであり、最期の親孝行でした。
    きっと、寂しい思いをしないで天国にいけただろうと勝手に思っている私です。

  18. お世話係 より:

    べりぃーさん、いつもありがとうございます。
    そうなんですよ!
    さぶろーがパジャマの袖をひらりと見せた様子は一生忘れないと思います。
    あの状態でと、本当にびっくりしたんですよ。
    最期まで楽しい思い出を作り出してくれました。
    生きてるときは、頑固で困ったこともしていましたが、今はそれも大事な思い出になりました。
    もう一度生まれ変わってくれないかな。。。
    そしたら、死なせないように大事にするのに。
    などと、思ってしまいます。
    さぶろーと仲良くしてくださってありがとうございました。
    さぶろーもいっちゃん、みつおくんのファンだったんですよ。

  19. お世話係 より:

    ゆんこさん。
    また泣かせてしまったようでごめんなさいね。
    辛い話でここまで書いていいかなとか思いましたが、書いてくうちに止まらなくなってしまいました。
    お父様、ローマに来てくださるんですね!
    よかったですねー
    楽しい思い出をたくさんできますね。
    どうか、お父様、おげんきで、
    長生きされてくださいね。

  20. お世話係 より:

    すのーらさん、読んでいただきましてすみません。
    また読まれて辛いお気持ちになられたと思うんですよ。ごめんなさいね。
    そしてさぶろーが入院中は本当のことが書けなかったので、その点は仕方が無かったと思います。
    いつさぶろーが携帯で見せてくれと言うかもしれないと思っていましたので。
    この日記書いてかなり気持ちが落ち着きました。
    これからはどんどん元気になっていかなければ!
    さぶろーも心配しますよね。
    すのーらさん、いつも応援くださってありがとうございます。

  21. お世話係 より:

    そらさん、いつもありがとうございます。
    そらさんのお住まいのほうは今大雨で大変ではないですか?
    お気をつけてくださいね。
    さぶろーとは私も喧嘩したり説教したりといろいろありましたよ。
    ブログには書いてない部分で後悔や懺悔もあります。
    今生き返ってくれたら、あの日に戻って
    さぶろーが死ななくてすむようにしたいですね。
    とにかく生きていてくれるだけで幸せなんですよね。
    そらさん、お父様、お母様、生きておられていいなあって思います。
    いっぱい良い思い出をつくれますもんね!
    さぶろーのこと、そんな風に言ってくださってありがとうございます。
    感激です。

  22. お世話係 より:

    まろんぱんなさん、読んでいただきありがとうございます。
    さぶろーの最期、泣きながら書きました。
    で、かなり気持ちが落ち着きました。
    さぶろーとはけんかもしましたよ。
    でもいつも、さぶろーがお茶目なので
    つい、けんかにならずに笑ってしまっていました。
    説教もしたし、、、
    まじめに聞かないで困ったこともあったり。
    そんな、素敵じゃないですけどね。
    でも、かわいいじいちゃんでした。
    この山登りの写真、何か話してたんですけど
    思い出せないんです。
    なんだったかなあ・・・
    まろんぱんなさん、さぶろーのこと思ってくださってありがとうございます。

  23. お世話係 より:

    弓さん、読んでくださってありがとうございます。
    私の父のことが
    そういう風に人の気持ちを変えることが
    あるとは思ってもみませんでした。
    生と死、見つめると
    悲しいですが、現実のものとして
    心に刻みたいのでこの日記書きました。
    私もさぶろーの生きたことを大事に
    ちゃんと考えていこうと思います。
    これからもさぶろーはブログで生きつづけますのでまた見に来て下さいね。

  24. お世話係 より:

    みえさん、また泣かせてしまってごめんなさい。
    さぶろーは我が親ながら、良くがんばったなって思います。
    もしできることなら、あの日に戻ってさぶろーが死なないようにしたいです。
    もっと、してやりたいことがあったし。
    後悔と懺悔の気持ちが重いです。
    私も、さぶろーは今日もあの病室で
    私を待っている気がします。
    行かなきゃとか思います。
    みえさんもお母様への思いは同じですね。
    あえなくても生きててくれるだけもいいですよね。
    毎日、思い出すことでいつまでも、みえさんのお母様もさぶろーも
    心の中で生き続けてくれる筈!

  25. お世話係 より:

    まつずさん、さぶろーのために悲しんでくださってすみません。ありがとうございます。
    今思うと、私も良くできたと思います。
    本当は私のほうが折れそうでした。
    さぶろーは子供のように素直に闘病生活をすごし、私たちに思い出を作ってくれました。
    この日記を書いてかなり精神的に落ち着くことができました。
    皆さんが優しく言ってくださるので
    またさぶろーのこと書いていくと思います。
    ありがとうございます。

  26. お世話係 より:

    ままりんさん、読んでくださってありがとうございます。
    お母様のこと思い出されておつらい思いをさせてしまいました・・・
    お母様のお気持ちを思うと、私も切ないです。
    さぶろーも退院した日に食べるものを決めるのに一生懸命だった。
    それくらい、また復活を信じていたんですね。
    でも、絶望を感じないようにさせてあげれただけでも、ままりんさんのお母様もさぶろーもよかった。そう思います。
    でも、どんな状態になっても
    生きてて欲しかったですね。

  27. お世話係 より:

    ルカさん、いつもありがとうございます。
    本当にお父様のご様子とさぶろーのこと、似ていますね。
    そして、私たちのしなければならなかった「嘘」も。
    あの、辛かった日々。
    辛かったけど父は生きていた。
    もう一度もどって看病したいです。
    でも、そうするとまた最後の日がやってくる。
    堂々巡りの思考で、やはり、まだ悲しみを乗り切れてないなあって思います。
    でも、こうしてブログに記せて、よかったです。
    かなり精神的に落ち着くことができたように思います。
    ルカさん!
    お互いがんばって元気になりましょう!

  28. お世話係 より:

    kilala Hoshinoさん。
    読んでいただきありがとうございます。
    文章力は・・無いですよ。恥ずかしいです。
    さぶろーのことを書き出すと止まらなくなるんですよ。
    さぶろーと毎日がんばった日々が今思うと後悔と懺悔でいっぱいです。
    まだまだしたいこともあったのに、急に死んでしまった父を思うと切ないですが
    鉄子のこともありますので、私もめげないでがんばりますね。
    またよろしかったら見に来てくださいね。

  29. ぷくたま より:

    遅いコメントでごめんなさい。
    最初はさぶろーさんが主役の小説のようだと思ってしまいました。コスプレをするかのように、こんどは小説の役になりきっているのでは・・・なんて。
    しばらくして、もう一度読み返してみたら、あぁ、さぶろーさんはこうして旅立たれたのだと実感しました。
    改めてお見送りした気持ちです。
    本当にすてきなお父さまでしたね。

  30. お世話係 より:

    ぷくたまさん、さぶろーのためにありがとうございます。
    辛い記事となってしまいましたが
    さぶろーはがんばって生きて、最期まで
    可愛い爺さんだったことが書けたかなって思っています。
    ぷくたまさんのブログをよく読んでいたさぶろーは今もぼのちゃんを覗きに行ってるだろうなあ。
    私も、まださぶろーが死んでもういないって信じられないんです。
    あほみたいですが、病院に行ったら
    さぶろーがあのベッドで「見舞いに来るのが遅いよ」といって待ってる気がするんです。
    さぶろーの最期を読んでくださってありがとうございました。
    きっとさぶろーもお礼を言っています、

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